- 2012 年 1 月 10 日 8:21 PM
- 01 ファッション考察
なぜ社会人はスーツを着なければならないのか?
その回答の一つは、スーツが正装として定められているからです。
クールビズも定着し、徐々にビジネスでもスーツを着なくてもよいという環境になりつつありますが、それでも冠婚葬祭ではスーツを着ますよね。
ビジネスの場でもスーツを着る、それは形骸化しようとも礼節を重んじることであり、強いては相手への思いやりに繋がるものなのです。
だからスーツを着る。ごく単純な理由です。
しかしもう一つ、スーツを着る理由があるのです。
サッカーとか見てても、ヨーロッパ出身の監督などは熱帯地域の国に行ってもスーツ着てますよね。
なぜあんな暑苦しい格好しているのか?
その理由は、服装による身分の差別化にあるのです。
結論から先に書くと「スーツは真っ当な身分の者ですよってことを現している」からなのです。
今日は「スーツ雑誌が語る英国紳士の精神性」の嘘を暴いてみたいと思います。
そもそもスーツの原点は英国で、それが出来た経緯には、英国の階級社会が関係しています。
スーツの歴史と英国階級社会を論じた著作には、中野香織氏の「スーツの神話」という名著があります。
これを踏まえた上でスーツの歴史から掻い摘んで語っていきたいと思います。
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そもそもがスーツの原型となっていった服は19世紀初頭であり、着ていたのはアッパークラス/上流階級(貴族階級)の人々でした。
その当時にお洒落の手本とされたのが、スーツ雑誌でも語られることの多いボーブランメルでした。
「人からお洒落と思われているうちは、まだまだお洒落ではない」という徹底した主義。
その着こなしは極力抑制され静謐で、汚れ一つない清潔であることを重きとしました。
ネックロス(当時のネクタイというかチーフに当たるもの)を完璧な状態で巻くために、失敗してしわになったネックロスを山積みにするというような異常な気合の入れ方。
それを更に悟られないようにすることこそ完璧なお洒落であると。
それがダンディズムと称され、人々はみなボーブランメルの着こなしを手本にしたといいます。
ところが時代は産業革命を向かえ、経済的には貴族達に匹敵するミドルクラス/中産階級の資本家達が台頭してきます。
しかし階級という越えられない壁を乗り越えるために、彼ら中産階級の人々はジェントルマンという理想像を作りあげます。
そして彼らはファッションにおいてもダンディズムと差別化するために、ダンディズムを徹底的に否定しました。
二年間も着続け、色あせ古びた服をお洒落に着こなし、それでもお洒落と感じさせないこと。
それこそがジェントルマンシップ!ダンディズムより真のお洒落である!と。
ようは途方も無い優越感ゲームの成れの果て、成り上がり者のファッションによる差別化に他ならないわけですが…。
「着古したものが、そしてそれを着こなしていることこそ本当のお洒落である」という思想は、今の英国紳士のファッション観にそのまま引き継がれていくのです。
よく日本のスーツ雑誌は、「英国紳士は物を大事に扱い、一生モノとして着続ける」なんて言ってますが、実際にはそれはある一面に過ぎません。
英国紳士の服の扱い方の色々なエピソードを聞きますが、例えばツイードのジャケットをわざと雨ざらしにして着古した感じを出すとか。
ピクニックに行くと、芝生にトレンチコートをひいて、わざと汚れがつくようにして味を出すとか。
もはやジーンズの味を出すために、はいたまま砂場を匍匐前進する服オタクとかと同じレベルですよ!笑
本当に一生モノとして大事に扱ってるなら、わざと汚したりする必要なんてありません。
使い古された雰囲気の物こそお洒落、という価値観の方が重要視されている。
その側面の方が強いのだと自分は考えています。
結局は英国紳士なんてもてはやしても、それはファッションというものの差別化に他ならないんじゃないでしょうか。
(昔の日本人の方が、よっぽど物を大切にしてた、着物も洋服も一生物として大事にしていたと思うのですが)
もう一つ、スーツ雑誌が語らないことがあります。
英国階級社会の抱える階級の問題です。
最近英国の暴動事件などにより、多少は英国の状況なども知られたかもしれません。
しかし多くの日本人が想像するのと、実際の英国はかなり隔たりがあるようなのです。
英国階級社会には、アッパークラス(上流階級)、ミドルクラス(中産階級)、ワーキングクラス(労働者階級)があります。
(ミドルクラスはさらに細分化されているようです)
一億総中流家庭な日本人の感覚だと、ミドルクラスが大多数なんだと思われるかもしれませんが、実際はそうではないそうで。
アッパークラスは貴族であり、先天的に決まっている由緒正しい家柄。
資産管理が主な仕事で一生働く必要の無い人々です。
ここにはどんなに成り上がっても、普通の人が入ることはできません。
一方のミドルクラスは上位(アッパーミドル)は豪商、企業家といったお金持ち、最低ランクでも公務員やホワイトカラーに属する人々です。
中産階級以上の人々は自分がそういう身分であることを示すために、スーツを着ています。
逆に言うとまともな服装をしていないと、まともな扱いをされない。それが英国社会なのです。
そしてワーキングクラス。意外にも多数派がこのクラスだそうで。
彼らは16歳の義務教育が終わると、殆ど選択肢無く、そのまま労働者として働く道しかありません。
仕事でスーツを着ることもないし、むしろ服装は大概無頓着。
そして彼らは労働者階級の住む街で暮らし、労働者階級の飲み屋で酒を飲み、労働者階級の人々としか繋がりがない、という生活を送るそうなのですね。
(自分が調べた範囲なので正確な情報ではないかもしれませんが)英国の大学進学率は今でこそ50%位に上がったそうですが、70~80年代は僅か5%、90年代でさえ20%という先進国としてはかなり低い状態だったようです。
彼らが成り上がるには、サッカーや音楽(ロック)くらいしかなかったと聞きます。
そもそも英国ではサッカーやロックは労働者階級の物、という意識が強かったそうですし。
そう考えると、かつて労働者階級の若者たちがこぞってベッカムのヘアースタイルを真似し、オアシスが彼らの心を捉えたのも納得いく話です。
こういった話は音楽雑誌の方が日本では詳しく説明してくれていると思います。
日本で生まれ育った自分には彼らの置かれた環境を、頭で理解することや感情移入はできても、心の底から理解することはできないと思っています。
だからロックなんかもわからないから、日本に合ったように好きなように捉えて、好きなように聞けばいいと思っています。(あくまで個人的意見として)
でもファッション雑誌(スーツ雑誌)はそういうこと許さないんですね。
社会背景も語らず英国紳士の着こなしを持ち上げて、日本のスーツの着こなしを徹底的に批判する。
しまいには騎士道精神まで持ち出してくる人まで出てきてます…(もうアホかと)
現実的にはファッションは、服装は、それ自体が差別化に使われてきた。(身分、美、社会性、民族、豊かさ等)
だから優越感を作り出す差別的構造を、無理矢理にでも作り出そうとするのもある意味自然なのかもしれません…。
確かに正統な着こなし方は(マナーとして)重要でしょうし。私自身は狭量なのでマナーのない着こなしは好きではないです。
しかしスーツの正当性を唱えるために、他の何かを咎めてまで行うのは本末転倒じゃないのか?と思うのです。
英国、フランス、イタリア、アメリカ…今ではどの国にもその国らしいスーツスタイルがあります。
日本だってもう何十年もスーツ着てきてるわけで、日本らしいスーツスタイルだって寛容に認めてあげてもいいんじゃないかと思うのです。
私はスーツが好きです。男を一番カッコよく見せてくれるのはスーツスタイルだと思っています。
今後スーツがビジネスシーンで使われなくなったとしても、ファッションとしてのスーツ、礼節としてのスーツは残るのでしょう。
でもそんなスーツが、差別的な形でしか残らないのなら、いっそスーツなんて無い世界の方がよっぽどよいのかもしれない…そう思うのは世迷言なのでしょうか…。
コメント:4
- N 2012 年 1 月 11 日
初めてコメントさせて頂きます。
自分はたいした教養も無いので、甚だ見当違いな感想になってしまうかと思いますが、自分なりにこの記事を読んで考えるきっかけを与えて頂きました。
雑誌は今流行りのステマでは無いので、都合のいい事を堂々と宣伝したり、消費者の購買意欲を高める事も目的としていると思うので
雑誌媒体としてはそういった台詞をつかうのが正攻法なのかと思います。
がしかし、Alcesteさんの仰りたいのはその記事を掲載した編集者自身に、スーツの文化を美化し過ぎずに、社会的背景を含め紳士服の変遷全体を整理したうえでのきちんとした教養が無いんじゃないか。あれば日本人のスーツの着こなしを否定的な言い切り方はしないんじゃないか。
と言う感じですかね⁇…(間違っていたらすみません)
確かに、英国ほど日本には今現在も明らかに残るような身分の差などは残っていないと思うので、身近な感覚ではなくて
多神教な日本人ならではの感覚なのかもしれませんね。
カッコいいものや都合の良いものを信じてしまいますから。
自分は日本人なので海外から観た日本に対してのイメージは、テレビでの街頭インタビュー的なものからくる想像でしかありませんが
日本人だからといって、侍や忍者、神社仏閣、枯山水、懐石料理…などの教養を心得ている人はあまりいないと思います。
日本人だからといって、侘び寂びを大切にしたり情緒あるものから深い感銘を受けたり、静謐な趣や美意識があるわけではありません。(あくまでも個人的な意見ですが)
日本人でも、そこらへんの教養や精神を理解して和服や文化的装飾具などを身につけている人があまりいないように、
イギリス人だからといって、英国仕立てのスーツをそこまでの心構えで着ている人は少ないのではないかとも思ってしまいます。
実際には身分的にも個人的にも色んな考えを持った方がいらっしゃると思うので。
理屈っぽい人はきちんとそこらへんをはっきりさせたがりますが
感覚的な人からしたら「またコレか…」「いちいちそんな事考えてないから…意味わからん…」
みたいな事を思うようなので、
認識の統一性はなかなか難しいですが、
教養の薄さや極端さも、着こなし方や間違え方もそれに対する意見も矛盾も、全て含めて日本人なのかと思いました。
英国的な着こなし方に憧れて、それだけをとって日本人に強要したり、日本人を批判しても、貴方も日本人ですよ。とも思ってしまいますしね。
「ここは日本ですよ」と言うのはなんとも簡単なので、「英国でのスーツの在り方や起源と、日本でのそれは全てを浸透・統一することは宗教を勧誘する以上に困難ですね」と思います。
自分自身、ファッションに関してはもう完全に傍観者なので、無責任な事を好き勝手思ったり口にしたりしていますが、高座から見降ろしたような批判はなるべくしないように気をつけようと思いました。
ややこしい長文失礼しました。- alceste 2012 年 1 月 15 日
> Nさん
コメントありがとうございます。
基本的に雑誌編集側、服飾評論家は英国の社会背景まで知っているはずです。
ただそれを語っても今まではあまりメリットが無かったので、伏せていたのだと思っています。
欧米の着こなしをいい方向で紹介されるのであればいいと思うのですが、何かと日本批判ばかりが目に付き、正直矛盾を感じていたので。
とはいえ、メディアでも遠山周平氏のように「日本らしい着こなし」を考えている方もいることを付け加えておきます。- N 2012 年 1 月 16 日
各所造詣の深い方からの意見は、それぞれ重要視する観点がそもそも異なっていたりするので、何を重点に置いているかでやはり結論は変わってきますから、あくまでも雑誌の言い方の問題ですかね。
Alcesteさんをはじめ、審美眼をもった有名な服オタ(この名詞が不快でしたら申し訳ございません)の方々の考察は勿論、その方々のブログやTwitterで名前があげられる服飾評論家の見解は、全てに目を通したわけでは無く、内容も理解出来ているか自信はありませんが、自分の未熟さを痛感するばかりです。自分なんかとは「服と向き合ってる場数が違う」と思います。
評論家の方の意見からも、ブロガーの方の意見からも毎日勉強させて頂いております。学生時代から、更新があれば覗かせて頂いていました。これからもこっそりと覗かせて頂きます。失礼しました。- alceste 2012 年 2 月 4 日
> Nさん
「服オタ」という呼び名は褒め言葉だと思っています(笑)
ほかにもファッションヴィクティムとか色々呼び方ありますが、どこか自虐的な方が性に合っている気がしています。
自分は大それた存在でもなんでもないので、気軽にツイッター等でも絡んで頂ければ幸いです。
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- trackback - 投資一族のブログ より 2012 年 1 月 18 日
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