最近よく感じるのですが、世の中、好き嫌いと物の良し悪しをごっちゃにしている人が結構いますよね。
そりゃ自分の好きな物=良い物だと思いたいのは当然ですけど、そこはキッチリわけて考えておかないと。
「オレはこれが嫌いだけど、その質は良いと言うのはわかる」とか、「良くない物だとわかってるけど、それでも雰囲気が好きなんだよなぁ」とか、そうやって、きちんと分別ができるのが理想ですよね。
ただやっぱり客観的、多面的な視野で物事を判断するというのは、とても難しいことでもあるわけですよ。
結局本当の意味で客観的になるってのはまず不可能なのかもしれないし。
だから客観的に話してるつもりでも、いつのまにかただ単に自分の好みを押し付けてしまっているだけになっている…。
こんな名言もあります。
「批評家は自らの「好き嫌い」を「是非曲直」のオブラートに包んで差し出すところのインチキ薬剤師である。
人が掴まされるのは―中味は要するに彼の「好き嫌い」にすぎない」(林達夫評論集より)
ま、確かにね~、それは意を得ている気はしますね…。
それと、あばたもエクボ、結晶作用じゃないけれど、好きになるとどうしても盲目的になってしまうというのはありますよね…。
だから物事の良し悪しを語るときは余計に、自分の好みだけにならないようにあえて差し引いて考える、
ニュートラルな視点を心がける必要があるのかもしれません。