仕事に対する誇りとは何か?


自分はシステムエンジニアですが、プログラマー、システムエンジニアという職業には、絶対に失敗が許されません!

常に100%を達成しなければならず、万一1%の問題点でもあろうものなら命取りになりかねないのです。
もし銀行のシステムを開発していて、オンライン業務(ATMとか)を1時間でもとめるような障害を出せば、翌日には新聞1面…。失敗が続けば、開発会社が丸ごと干されて潰れることさえありえます…。

スケジュールと納期を守り、お客さんからの必要な機能を満たし、かつ利益を上げるといった当たり前のことですが、100%未満はありえない。常に100%以上、結果のみを求められる仕事なのです。

おまけに毎回100%を達成しても誰からもほめられるわけでもないのに、1回のミスでもあればボロクソに文句言われるワケですよ。

そりゃうつ病発生率No.1の職業になるのも当然ですね(苦笑) 実際自分も失踪した人やうつ病でやめた人を何人もみています…。
(ほかにも失踪率とか過労死率もかなり高いのですが、離婚率は運転手や警察官にはかなわないようです…まぁある意味わかる気もしますが 笑)

たとえ99%完成してもそれは極論すると0%と同じ。結果だけがものをいう世界。ただ逆に言うとイチかゼロかハッキリしている仕事なので、そういう意味ではすごくわかりやすい。少なくとも自分には向いてると思ってます。先日バーニーズニューヨークでスロウガンのカーゴ風パンツを購入しました。全く同じ型の色違いを2本(笑)

カーゴパンツ風でありながら子供っぽくならず、JKなんかともあわせ易そうな雰囲気が気に入りました。まぁ縫製自体はそんなに良くないけど、着る分には困らない程度であろうと思っていたわけです。

ところが家に帰ってきて2つとも試着してみると、微妙にフィット感が違う…。
もしやと思い二つを重ねて計ってみると、ウエストで1.5~2センチ、股下で1センチ以上の違いがあるではないか!?(驚愕)
しかもボタンの縫い方も違っていて、片方には台がない。

これって普通は不良品じゃないの?
同じ型だし同じパターンなのに、縫製する人間によってこんなずれが出てしまっていいのか?

だいたい普通の服は検品という工程があり、時には検品自体を専門会社に委託するくらい厳重にチェックしているはずなのです。なのになぜか国内海外問わずデザイナーズブランドには検品の甘い(というか全くしていないような)服がたくさんあったりするのです…。

縫製がいい加減、検品もいい加減、だとしたら例えどんなにいいデザインでも、そのデザイナーの服に対する態度はいい加減なものなんじゃないかって思ってしまいます。たとえどんな事情があろうとも、デザイナーは100%を追及するべきなのです。

昔親父から聞いた、あるオーダーシャツ屋の伝説を思い出します。

今から40年近くも前の話、親父の遊び友達にオーダーシャツしか着ない男性がいて、たまたまそのシャツの受け取りに同行したことがあるそうです。すでに何度もオーダーしているようで、その時は全く同じ形の白いシャツ5枚…。

ところがその友人はシャツ屋の職人兼店主からシャツを受け取ると、袖のカフを開いてすん分の狂いなく重ね合わせ始めたのです。
いったい何をおっぱじめるつもりなのか親父が聞こうとした瞬間、友人は店主から目打ち(アイスピックのようなもの)を借りると、それをカフのボタンホールに「えいやっ」と突き刺したのです!(驚)

そして全てのシャツのボタンホールを貫通したことを確認すると、友人は一言「確かにすん分の狂いもなく出来上がっているな」と言って、シャツを受け取ったそうです…。

もしボタンホールが数ミリでもずれていれば、重ねた下のシャツにはボタンホールの横に目打ちの穴が開いていたはずです。その友人はオーダーする以上、ずれのない物ができるのは当たり前だと考えていたのですね。

うちの親父は店主に「さすがにこれじゃ作る方もつらいのではないか?」と聞いたところ、店主からは意外な一言が。
「いえ、逆にいつも勉強させてもらっていますよ。オーダーしてもらう以上同じものができて当然ですよ」と。

確かに生地の中には湿度等によって伸縮してしまうものがあるし、縫製誤差が全くないというのは殆ど不可能だとも思います。100%を求めることの難しい職業は幾らでもあるのだし。
ただ「5ミリや1センチは縫製誤差」と平気で言い切る今の日本の服飾業界で、このシャツ職人と同じ誇りを持っている人間がどれほどいるのでしょうか…。

食ってくために働くのは当たり前。でも自分でその仕事を選んだ以上、仕事に誇りを持つのは当然ではないのかと?

せめてそのシャツ職人ほどにはなれなくても、誇りを持って仕事をしたいと思う自分でありました。

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