MEN’S EX別冊「本格スーツ大研究」、スーツ雑誌のギリギリの挑戦


本格スーツ大研究 MEN’SEX特別編集
世界文化社
B00JJK59EO

さて、随分前に発刊された本ですが、本日はMEN’S EX特別編集本「本格スーツ大研究」についての書評です。

本来スーツ雑誌が語ることができない、そのギリギリの挑戦をしているというただ一点だけで、この本の存在価値があると自分は思っています。
この本が単なるスーツやオーダー紹介雑誌と異なるただ一つの点、それはテーラー&カッターの有田一成氏のインタビュー掲載にあります。

そのインタビュー内容は後ほど語ることにして、この本の面白い点を幾つか紹介しておきます。


世界の超一流テーラー?

まずは巻頭に配された「世界の超一流テーラー徹底比較」の記事。
各一流テーラーが自前のスーツを着込んで写真に載っておりますが…、全然かっこよく見えないのが素晴らしい!

まぁ英国やフランス、イタリアのカラチェニ辺りまではまだ紳士然りとしていますが、
イタリアの知られざる伝説のテーラーを訪ねる!みたいな企画コーナーになると、筆舌に尽くし難いダサい職人の方々が写し出されております…。

ほとんどみんな餃子靴、サイズの合っているスーツを着ている人などおらず。
中でも「ほかのサルトは真似ごとのようなものさ、真のサルトは俺ひとり」と豪語するテーラーなどは、2サイズぐらいブカブカの超ライトグレーのスーツに黒い安っぽい靴合わせて着こなすという…。
そりゃ真のサルトは違うわな…と別の意味で納得してしまいました。
幾ら超絶技巧の数々を解説されても、そのテーラー自身のダサいスーツ姿見て、バカ高い金払ってオーダーしたい人いるのか?と不思議でしょうがありません。

まぁもしかしたら彼らの「腕」は確かなのかもしれません。
しかし彼らはあくまで職人であり、自分自身でそのスーツを着る機会はないのではないでしょうか。
それが、スーツ雑誌が語らないヨーロッパの社会なのかもしれない…と感じさせてくれます。

有田一成氏の発言!?

さて冒頭で言ったとおり、この本ではBeginでもお馴染みの綿谷画伯のイラスト付きで、テーラー&カッターの有田一成氏が紹介されています。
そのインタビューの中で有田氏はこんなことを語っているのですね。

「革靴と一緒で初めは窮屈に感じても着込むうちに身体に馴染んできます。この前も『3ミリほど肩幅を出してくれない?』というお客様がいらっしゃいましたが、私から見ればジャストサイズ。で、しばらくの間お預かりして、直さずにもう一度試着していただいたら、今度は『ちょうどいい』と。ミリ単位のこだわるのは気分の問題です。もちろん私のほうで失敗だと思えばいくらでも直しますが」

これは日本のオーダースーツ業界が抱える重要な問題の一つだと思います。

自分が身内のテーラーにこのエピソードを話したら、爆笑されました。
曰く「お客が肩幅3ミリの違いを体感できるわけないだろう」と。

確かにその通りだと思います。
日々変わる自分の体重が何キロ何グラムかなんて、正確に把握できないのと同じように。

ましてやミリ単位に拘っても、ごくわずかだけれどもある、縫製誤差、生地の伸縮、そういったものもあるでしょう。
確かに箇所によっては3ミリの違いが気にかかるディテール部分もあるでしょうが。

しかしそれよりも問題なのは、オーダーするようなスーツオタクのお客が頭でっかちになり、そういったディテール部分にのみこだわり過ぎるようになってしまったことではないでしょうか。
その温床を作ったのはディテールばかりを差別化して紹介するメディアのせいもあるでしょう。

「お客様は神様です」とお客自身が語ってしまうクレーマー気質の日本で、お客の変な意向をただし、よりよい物を提案することはとても難しい。
しかし、その問題に堂々とメディアを使って挑戦した有田氏に、自分は逆に真摯な姿勢を感じます。

実際有田氏本人にこのことを聞いたときには、周りでも賛否両論あったらしいのです。
「あんなことは言うべきではない」とか、「むしろよくぞ言ってくれた」とか。

お客の言う通りに変なスーツを作ってしまうより、似合わないものは似合わないとハッキリ言い、より似合う形を提案してくれる仕立て屋魂。
そこにこそ信頼関係が宿るのではないかと私は考えています。

スーツ雑誌というのは、両面提示をせず片面提示、いつでも都合のいいことばかりを言いがちです。
ヨーロッパの階級社会の問題も語らずに、英国紳士のファッションを絶賛したり。
ディテールばかりを、ひねり過ぎな変な着こなしばかりを紹介したり。

しかしながら、そんな中でもこの本と有田氏は一つの問題を浮き彫りにして切り込んだ、その一点のみでも大いに評価できるのではないかと思います。

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