縮絨加工に物申す!?


縮絨とは、特殊な薬品などを使用して洗濯し、生地に極端な圧縮加工を施すこと。

こうして縮絨加工をして出来上がった製品には、フェルト感のような古着のような独特の風合いと味が生まれます。

コムデギャルソン・オムプリュスが90年代に縮絨のシリーズを発表して以来、ギャルソンのライフワーク的アイテムと化した人気商品でもあります。

そこはギャルソンですから、ただの縮絨とは違います。
製品化されたウールのジャケットに縮絨加工を施し、ありえないほどクシャクシャに縮ませる。それには縮小率を計算した高い技術と、リスクがあり、そして革新性がなければできない商品でした。
今ではウールだけでなく、ポリエステルにまで化学薬品により縮絨をかけた商品を発表しています。間違いなくギャルソンの一番の売れ筋商品といえるでしょう。

(もちろんギャルソンだけでなく、その技術と風合いは、他のブランドからも発表されていますが…)

ただ大人気のこの縮絨、自分はハッキリ言って好きではない…。


それには深い理由があります。縮絨というものは、本来十年持つ生地に対してダメージを与えて、生地の寿命を縮めて風合いを出す加工方法だからです。

TOKITO(トキト)という、渋いデザインを行う大人の男向けのブランドがあります。素材からオリジナルにこだわり、微細なパターンにより着心地を重視したそのデザインには、派手さはないものの本物のデザイン性がこめられています。

そのデザイナーの吉田十紀人氏が、あるインタビューで答えていた台詞を今でも思い出します。
「十年着られる生地があれば、それを十年生かせるデザインをしたいと考えている。風合いを出すためとはいえ生地にダメージを与えたりして、十年着られる生地を五年しか着られないようにするデザインは、自分の流儀ではない」と。

愛着を持って長く着られる服を作るというのは、この消費社会においてデザイナーの本来の姿ではないのかもしれません。
でも一人のデザイナーである前に、一人の単なる服好きとして、長年愛用できる服を作ろうと目指す吉田十紀人氏の言葉は、当時ギャルソン好きだった自分の心に刺さる一言でした。

それ以来縮絨を見るたびに、そのデザイン性により犠牲にされているもののことを考えてしまうんですね。

ダメージ加工という手法が全て悪いとは思わない。ただ本当に服が好きであることも確かで、その矛盾に悩んでしまうこともあるわけです。どちらの方法が正しいというつもりはないけれど、難しい問題だとも思います。

ただ、縮絨が好きじゃないとか言いながら、しっかり買ってる自分って、やっぱりタダのギャルソンバカなのかも…と思う今日この頃です(苦笑)

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