ポールスミスが嫌われる理由


ポールスミスがうける理由を書いたなら、嫌われる理由も書いとこうと思ったのが、この記事です。

ポールスミスが嫌われる理由は大体以下の通りだと思います。
・クリエイディブなデザインではない。
・ライセンス商品のあざといデザイン。
・大衆化してしまい、個別性がない。
・クラシックが好きじゃない、もしくはクラシックが理解できない。


クリエイティブなデザインではない。


なにを持ってクリエイティブとするかは難しいところですが、確かにポールスミスはクラシックの破壊と再構築とか、新しいシルエットの探求を行っているデザイナーとは違います。

そういうデザイナーたちに比べたら、それがクリエイションとしては下、もしくは地味という印象を否定しきれないものがありますね。

例えばギャルソンプリュスもポールスミスと同じ手法を使ってデザインを行うことがあるわけですが、そこはパンチが違うと言うか、同じカレーライスを作っても、マイルドなポールスミスに比べて、ギャルソンは激辛で、ちゃんとクラシックを破壊するまでのパワーがあったりするわけです。(これについてはまた別の機会に書きたいと思います)

ポールスミスは、ありもののクラシックに頼っているデザイン、という穿った見方もできてしまうわけです。

ライセンス商品が嫌いだ。

これはその人の考え方だと思うんですよね。

ライセンスによって日本の気候にあった、日本人体型にあった、モノが作られるというよさもある。ヴィヴィアンなどのようにそれでうまく成功しているブランドだってある。

一方で、コレクションラインの純粋なデザインや思想は水増しされてしまう部分はあると思います。

ポールスミスの本国のデザインは、青山のポールスミススペースなどで見られるのですが、やはり本物は一味違う…と思ってしまう。

ただポールスミスに関して言えば、ライセンス商品もよくやっているなとは思うのですが、それが気に入らない人、あざとく見える人には、たまらなく陳腐なブランドに見えてしまうとは思います。

大衆化しすぎている。

これが一番の問題なのかも。

今やポールスミスというブランドには、デザイナーズというクリエイティブなイメージが失われてしまっていると思うんですね。
あまりにも一般大衆受けしてしまったデザインは、個別性を失い、特定の個人の所有欲を満たすものにはなりえない。

ブランドの記号として、ポールスミスはマニアックな人にうける要素がないんですよ。

もちろんコレクションには素晴らしいデザインもあるわけですが、それは一般大衆向けに発売されることはない。
それがポールスミスが目指したブランディングだとしても、ちょっと残念なところではありますが。

クラシックが好きではない。

これはポールスミスがというより、メンズの服飾デザイン全体が抱える問題だと思います。

本来、男性のファッションは、静謐(せいひつ)なものだともうんですね。
クラシックという大枠が決まってしまっているため、微妙なディテールの差異によって、お洒落のこだわりを表現する、非常に狭い範囲のモノだと思うわけです。

このクラシックのお洒落自体が好きではない、と断言されてしまうと、それはもうどうしようもないわけですよ。
これは若い世代ほどハッキリしているのではないかと思います。

クラシックに対してデザイナーズがあったのに、デザイナーズの艶やかさがデフォルトだと思われてしまっては、ちょっとツライものがありますね(苦笑)

こうしてポールスミスの嫌われる理由を考えてみると、そこにメンズファッションデザインの抱える問題も浮き彫りにされているのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

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